本書の目的
はじめに
本書は、法学ないし法律を専門的に学ぶ前に修得しておくべき「論理的 に読み・書き・議論するための基本」を学ぶための教科書として執筆したものです。ですから、主な読者としては、これから法学を専門的に学ぼうとしている法学部や法科大学院の入学者・入学予定者、あるいは法律系の資格試験にチャレンジしようとしている方を想定しています。しかし、後で述べる理由により、すでに法学や法律を専門的に学んでいる学生等、さらには、法学部や法科大学院の教員その他法学の研究者や法律の実務家の方々にも是非ご一読いただきたいと考えています。
そもそも、なぜ法学ないし法律を専門的に学ぶ前に「論理的に読み・書 き・議論するための基本」を学ぶ必要があるのでしょうか。たとえば、法科大学院においては、法学未修者が標準的な教育課程の3年間で法科大学院を修了してすぐに司法試験に合格することが厳しい現状があり、法学未修者が法学を修得するためには 3 年間では足りないと言われることがあります。その原因としては多くのことが考えられますが、原因の1 つとして、 法学を専門的に学ぶ前の基礎教育の不足を指摘できます。補足して説明しますと、日本では、初等・中等教育、そして大学の教養課程においても、「論理的に 読み・書き・議論する」ことについて、必ずしも十分な教育がなされているとは言い難い現状があります。ですから、多くの法学未修者が「論理的に読み・ 書き・議論するための基本」を知らないまま法学の専門教育を受けることになります。そのため、法学を学ぶにあたり、膨大な専門知識や難解な理論を暗記することが中心になってしまっているように思われます。このような学習方法では、一部の優秀な学生を除けば、3年間では司法試験で問われる紛争解決のための応用能力まで修得することは難しいということです。逆に言えば、法学を専門的に学ぶ前に「論理的に読み・書き・議論するための基本」ができていれば法学の学習において知識の暗記のウェイトが減り、その分、紛争解決のための応用能力を修得するためのトレーニングができることから、法学未修者教育の改善につなかると思われるということです。
このような考え方は、法学部の法曹コースで3年間、連携先の法科大学院で 2 年間学び、法科大学院の在学中に司法試験の受験ができるようになるという 新しい制度にも当てはまります。すなわち、学部の法曹コースで法学を専門的 に学ぶ前に「論理的に読み・書き・議論するための基本」を修得すれば、その後の法学の学習が充実し、司法試験の合格率の向上が期待できるということです。
そこで、これまでの法学教育にはなかった「論理的に読み・書き・議論する ための基本」を学ぶ教科書を作成する必要性があると考え、他学部において「論理的に書く・読むスキル」の基礎教育を実践されてきた社会科学の研究者の全面的な協力を得て、法学の研究者および実務家も加わって新たな法学の基礎教 育の教科書として執筆したのが本書です。これから法学を学ぶ、あるいはすでに法学を学んでいる学生には、今後の法学学習の充実という観点から、是非本 書をお読みいただきたいと考えおります。
本書の目的は、以上にとどまりません。法律は社会のルールですから、 法律の専門家は、社会の一般の人にも論理的に分かりやすくルールを説明する必要があるはずです。しかし、裁判における判決文もそうですが、法律の専門家の書く文章や話す内容は、一般の人には難解で分かりにくいようです(特に、判決文は、一般の人よりも論理的な読解力があるはずの他学部の大学教授でも、論理 的に読み解くことは難しく、何を言っているのか分からないことが少なくないようで す)。法律の世界では、専門用語が多いだけでなく、法律の専門家だけに通じる独特な論理や言い回しを用いた文書作成が伝統的に受け継がれていることなどが、一般の人には難解で分かりにくい原因だと思われます(前述の法学未修者が 法学を修得するのに時間がかかる要因の1つとして、業界内の独特な論理や言い回し に慣れたり、使えるようになるのに時間がかかるということも挙げられるように思い ます)。しかしながら、前述のように、法律の専門家は、社会のルールを一般の 人にも分かりやすく説明することがその役割1つであるはずです。そこで、法律の専門家にも、本書をご一読いただき、一般の人が学ぶような「論理的に 読み・書き・議論するための基本」をあらためて確認していただいたうえで、 必要に応じて、一般の人に分かりやすい論理や言い回しを用いるようにするな ど、本書が、より一層一般の人に分かりやすい文書作成等を心掛ける契機となることを祈念する次第です。
本書の構成と特徴
本書は、第 1 部の基礎編と第 2 部の応用編から成っています。 第 1 部の基礎編は4つの章から成っています。
第 1 章では、本書の基本的スタンスについて触れ、「第 1 部 基礎編」全体で 何をカバーしようとしているかの全体像を簡単に示します。
第 2 章では、接続の論理と表現(接続詞・接続語句)についてお話しします。 より詳細には第 3 章(論理的に考える)でお話ししますが、論理とは言葉、語句、 文の間の関連性のことを指します。そして、これらがどんな論理関係にあるの かを明示するための道具が接続詞、接続語句なのです。ですから、論理について敏感になることは語句や文の間の関係に敏感になること、そしてそれらの関 係性を接続詞で表現できることにほかなりません。
第 3 章(論理的に考える)では、論理とは何か、論理的な議論とは何かを、論 証(何か主張するときにその根拠を示すこと)の構成要素をベースにお話しします。 ここでは第 2 章でとりあげた帰結を導く接続詞(だから)や理由を示す接続詞
(なぜなら)が出てきます。また、世間一般に使われている論理的思考という語 がいかに誤解されているかに関しても触れます。
第4章では、文章に含まれる複数の論証関係を把握するために論証図についてお話しします。ある一定の長さの文章に含まれる論証間の関係を俯瞰することにより議論の全体像をつかむのが狙いです。
3 第 2 部の応用編では、第 1 部で学習したことを総動員して「論理的に書 く・読む」についてお話しします。本書では「論理的に書くことと読むこと」
は表裏一体のものであり、両者は相互に密に関連しあう言語活動であるとする 立場をとっています。ですから、「書く」ことだけ、「読む」ことだけを単独に取り上げて学習するというスタイルをとりません。なお、基礎編で学んだ論理的に考える力こそが「論理的に議論する基本」であり、また、「論理的に書く・ 読む」トレーニングは、「論理的に議論する」トレーニングにもなりますので、 独立して「議論する」ことを取り上げることもしません。
本書の特徴は、各章に練習問題を用意していることです。書籍を読むだ けでは「論理的に読み・書き・議論する」スキルは身につきません。スキルを 身につけるためには、トレーニングが必要です。そこで、各章において、解説の後、そこで学習したことを練習問題で確認できるようにしてあります。その問題を解きながら、「論理的に読み・書き・議論する」力を鍛えるトレーニング をしてください。
読者のみなさんが、本書を通して「論理的に読み・書き・議論する基本」を理解し、そのスキルを修得することによって、その後の法学や法律に関する学 習や教育あるいは業務の改善・充実が図られることを祈念しております。
最後に、本書を出版するにあたって、弘文堂の清水千香氏から多くのサポー トをいただきました。この場をお借りして、同氏に心から感謝申し上げます。
2022 年 5 月吉日
執筆者一同
福澤 一𠮷
花本 広志
廣澤 努
宮城 哲
(Alphabet 順)